-Opinion- Educare PLUS vol.8

vol.8 求められるイノベーションのチカラ  個の「創造性」を発揮する人材教育の“カタチ”  ~後編~

創造性を育む「心理的安全性」とは

 今回の‐Opinion- Educare PLUSでは、人が持つ「創造性」が生まれる仕組みについて考察し、新しい教育の“カタチ”を探ってみましょう。
 前編では、創造性を妨げる様々な思い込みについて学びました。次のステップは、創造性を生み出す「環境」を考えることです。前述の通り、創造性は、様々なヒト・モノ・コトの「掛け合わせ」によって生まれます。組織内における率直な意見交換は、この「掛け合わせ」を促し、結果として創造的なアイデアが生み出され、イノベーションが加速するのです。よって、創造性の高い組織を作るには、様々な掛け合わせが生まれやすい環境を整える必要があります。

 しかし、個人の意見が「出る杭」とみなされる旧来の日本組織では、率直な意見交換が行われず、掛け合わせが生まれる機会が少ないと言えます。このような旧来の組織環境をアップデートするカギとなるのが、「心理的安全性(Psychological Safety) 」です。
 「心理的安全性」とは、組織の中で、自分の考えや気持ちを誰に対してでも安心して発言できる状態のことです。組織行動学を研究するエイミー・エドモンドソン教授が1999年に提唱した心理学用語で、「チームの他のメンバーが自分の発言を拒絶したり、罰したりしないと確信できる状態」と定義しています。誰かに「信頼を寄せている状態」とも似ていますが、「信頼」は個人が特定の対象者に抱く感情的態度であるのに対し、「心理的安全性」は、集団の大多数が共有することで生まれる、「職場に対する態度」、と言えるでしょう。
  ビジネスシーンでは、Googleが、成功し続けるチームに必要な要因を研究するために行った「プロジェクト・アリストテレス(注1)」の公表により、心理的安全性への認知度が高まりました。この研究結果では、「誰がチームのメンバーであるか」よりも、「チームがどのように協力しているか」のほうが重要であると結論づけられました。そして、成功し続けるための最も重要な因子は「心理的安全性」とされたのです。

(注1)Googleは、2012年から約4年間をかけて、成功し続けるチームに必要な条件を探る「プロジェクト・アリストテレス」を実施。社内の数百に及ぶチームを分析対象とし、より生産性の高い働き方をしているのはどのようなチームなのかを調査した。その結果、「心理的安全性の高いチームのメンバーは、離職率が低く、他のチームメンバーが発案した多様なアイディアをうまく利用でき、収益性が高く、マネジャーから評価される機会が2倍多い」ということが導き出された。

「心理的安全性」の向上を阻害する4つの不安

 まずは、心理的安全性が低い状態が引き起こす状況について考えてみましょう。心理的安全性が低い状態では、以下のような不安が生じます。

・無知だと思われる不安(Ignorant)
質問や確認をしたくても、「こんなことも知らないのかと思われないか」と不安になり、その結果、気になることがあっても質問しづらくなります。

・無能だと思われる不安(Incompetent)
ミスや失敗した時に「仕事ができないと思われるのでは」と不安になり、自分の失敗や弱点を認めなかったり、ミスを報告しなかったりするようになります。

・邪魔をしていると思われる不安(Intrusive)
自分が発言することで「話の邪魔をしていると思われないか」不安になり、提案や発言をしなくなっていきます。

・ネガティブだと思われる不安(Negative)
改善を提案したくても「他の人の意見を批判していると否定的に捉えられるのでは」と不安になり、現状の批判をしなくなったり、意見があっても言わなくなったりします。

 このように、不安が生じると、自分を守りながら発言する意識が働いてしまい、率直な意見を発言することができなくなるのです。こういった意識がチームに根付いた場合、メンバーの顔色をうかがうだけで、誰も意見を言わない組織になる可能性があります。また、不安は脳の思考領域を占領し、有益な思考や記憶を行う領域を狭めてしまうため、学習の妨げにもなることも分かっています。
 このような不安を取り除くことが、心理的安全性を高め、率直な発言を促し、掛け合わせの多い創造的な組織を作るのです。

米国医療機関、航空業界のトレーニングから学ぶ「心理的安全性」

 それでは、組織内ではどのように心理的安全性を高めるとよいのでしょうか。
 先進国での心理的安全性への取り組みを見てみると、米国の医療機関では、チームステップス(注2)というトレーニングプログラムを採用しています。医療現場においては、心理的安全性が高い環境を構築し、チーム内の医師だけでなく、専門性を越え、どのような立場のメンバーも率直に意見を言い合うことで、医療ミスやアクシデントを未然に防止することに努めています。
 このトレーニングは、参加者が「リーダーシップ」、「コミュニケーション」、「状況観察」、「相互支援」、「チームワーク設計」の五大要素について学習し、チームの認知、感情、行動に変化を促すことで、心理的安全性を高めるものです。
 一例を挙げると、「リーダーシップ」の一部として設計されている「振り返り行動」では、過去の共同作業で何を学習したか、支援の必要性を訴えることができたか、どうチームワークを改善すべきかなどについて、リーダーを筆頭に振り返りを行います。リーダーとメンバーは過去の作業を共に振り返り、自由な意見交換がきる雰囲気を築くことで、心理的安全性を高め、専門性を越えた連携が可能となるのです。

(注2)チームステップス(TeamSTEPPS®)とはTeam Strategies and Tools to Enhance Performance and Patient Safetyの略で、米国のAHRQ(医療研究・品質調査機構)が医療のパフォーマンス向上と患者の安全を高めるために開発した安全推進策。

 また、似たような概念を持つトレーニングとして、航空業界におけるCRM(Crew Resource Management)訓練にも多くの学びがあります。この訓練は、安全な運航のために、利用可能な全ての人的リソースや情報を効果的に活用し、事故を未然に防ぐ、という目的のもとに導入されているものです。訓練への参加者は、「コミュニケーション」、「意思決定」、「チーム形成・維持」、「ワークロードマネジメント」、「状況認識マネジメント」の要素を学び、チーム全体の連携能力を強化することで安全な運航につなげます。例えば、「チーム形成・維持」の行動指標としては、「自分の行動がチームに与える影響を意識して行動すること」「疑問に思ったことは口に出すように勤めること」などがあります。
 この訓練は、「人は誰でも間違える」という考え方を基盤として構成されています。機長などのマネジメントの立場にあるメンバーも、この考え方に基づく訓練に参加することで、謙虚に懸念を指摘することの大切さや、意見を言いやすい雰囲気の作り方などを体得していきます。

「心理的安全性」の高い職場のリーダーに求められる素質

 これらのトレーニングから見ても、心理的安全性を高めるにはリーダーの素質が大きく関わってくることが分かります。チームのメンバーは、リーダーの行動を通して考え方や価値観を読み取り、自らの行動に反映させることが多く、組織の雰囲気づくりにおいてリーダーの影響は多大であると言えるでしょう。「このリーダーであれば真実を伝えても怒らない」「このリーダーを助けるために実際の状態を伝えたい」と思わせる、信頼関係を形成する必要があります。

 そのためにリーダーが持つべき素質として重要なものは、まず「アサーティブネス」が挙げられるでしょう。アサーティブネスとは、相手の考えや意見を尊重しつつ、自分の気持ちを伝えるコミュニケーションの姿勢を指します。
 ここでは、すぐに実践できるアサーティブネス・コミュニケーションについて、アイメッセージという技法をご紹介しましょう。
 アイメッセージとは、主語をYou(ユー)からI(アイ)に変えるコミュニケーション技法であり、相手を傷つけてしまいそうな時や、話しにくいことを伝えるときにネガティブな印象を避けることができます。
例えば「あなた」はまだあの仕事を終わらせてないのですか?(ユーメッセージ)と伝えるよりも、今週中に仕事を終わらせてくれたら、「私」はとても助かります(アイメッセージ)と伝えた方が、ネガティブな印象を与えずに済みます。
 「自分はこう思う」という柔らかい表現でのアイメッセージは、命令したり責めたりしているという印象なく、円滑に主張や要望を伝える効果的な技法です。

 いかがでしたでしょうか。チームの創造性を育てるためには、不安のない環境を整え、心理的安全性を高めることが有効です。組織環境が多様化する今、リーダー、チームメンバーとしての在り方を見直し、全員が率直な意見を言い合える創造的な組織を目指しましょう。

次号教育キーワードは

「アウェアネス(気付き)」

無意識の思い込みパターンや思考の偏りなど、自己に対する気付きがもたらす成長について考察し、新たな教育の“カタチ”を探ります。

【著者略歴】

株式会社エデュカーレ 代表取締役 幡地嘉代

 衆議院議員秘書、TV局アナウンサー、外資系企業管理職を経て、研修企画会社専属講師となり、独立。現在は、総合人材教育 株式会社エデュカーレ代表取締役として1,500社超(CSソリューション実績、講演・研修含む)、受講者数延べ33万人超えの実績を有する。
 情熱溢れるコンサルタントして全国各地にファンを持つ。2012年には、「成果の後ろにリーダーありき」という考えのもと、人を育てる指導者の養成機関である「一般社団法人 人材教育インストラクター協会(略称:EDIA)」を設立し、代表理事に就任。EDIA主催公開講座の開催は30回を超え、企業で活躍する多くのリーダーを輩出している。

【参考文献】

◆エイミー・C・エドモンドソン著、野津智子訳、恐れのない組織――「心理的安全性」が学習・イノベーション・成長をもたらす、英治出版株式会社、2021年2月10日発行 

2023年10月発行

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