今回の‐Opinion- Educare PLUSでは、自己に対する「アウェアネス(気付き)」について、より実践的な側面から考察し、新しい教育のカタチを探ってみましょう。
昨今、感染症の収束による社会経済活動の再開、インバウンドの復活などを機に、特に販売の現場では人材の不足による様々な問題が生じています。接客においても、人手不足のためにスタッフ教育に割く時間が取れず、理想の接客ができない、といった声を多く聞くようになりました。
国立社会保障・人口問題研究所「将来推計人口」によれば、2020年時点で1億2600万人の人口は、2040年頃には1億1200万人まで減少するという試算が出ています。15~64歳の生産年齢人口は、7510万人から6210万人へと減少し、働き盛りの人口が急速に減少することが予想されています。
販売の現場においては、人材が少なくても理想的な売買が出来るよう、時代に合わせた施設規模のダウンサイジング、AIなどのデジタル技術やロボットの導入なども検討されていますが、まず必要なのは、「今ある資源を最大限活用する」という視点です。今ある資源、というのは、働き手である人材=人的資源も含まれています。今後は、より現場で働く一人ひとりの才能を引き出し、最大限に活用していくことが求められるでしょう。
ここで重要なのが、前号で紹介した「シェアード・リーダーシップ(※‐Opinion- Educare PLUS9号参照)」という考え方です。チームメンバーそれぞれが責任意識を持ち、リーダーシップを発揮することで、人手不足の状況下においても、生産性の高いパフォーマンスが期待できます。そのために、まずは一人一人が自分のスキルや強みについて深く知る、「アウェアネス(気付き)」が重要となるでしょう。
それでは、販売の現場では具体的にどういった教育が求められているのでしょうか。人手不足により教育に割く時間が限られる中、より効率的にリーダーシップを発揮する自律した人材を育てるには、アウェアネスを高め、自己成長を促すことが効果的です。
70:20:10の法則(注1)にもあるように、人材の成長の7割は「業務上の経験」に基づくものです。1割が書籍や研修による学びからの成長となりますが、この1割の中で効率的な内省の方法を学び、日々の経験の中で、内省しながら自分の力で成長することが理想です。研修などの教育の場においては、現場ですぐに実践できる内省などの方法について、具体例を交えながら示す必要があるでしょう。
効果的に内省し、アウェアネスを高める方法としては、「経験学習モデル」を利用する方法があります。経験学習モデルは、アメリカの組織行動学者であるデイビット・コルブ氏が提唱した、経験を通して学んだ知識やスキルを新たな業務で活かす学習プロセスです。 ①経験→②内省→③抽象化→④実践という4つのプロセスをサイクル化し、繰り返すことによって、学びを獲得していくというものです。
ルーティン業務においては、一旦マニュアルを作成すればそれに基づいて業務を進めることが可能ですが、体系化されておらず、その時々で臨機応変な対応が求められる販売の現場においては、この経験学習モデルによる学習サイクルを日々活用し、自己をアップデートすることで、より柔軟性の高い顧客対応が可能となるでしょう。
(注1)70:20:10の法則とは、「ロミンガーの法則」と呼ばれる人材育成の法則。米国のリーダーシップ研究機関であるロミンガー社が、様々な経営者を対象に、何がリーダーとしての成長に役に立ったのかを調査したところ、7割は「仕事上の直接経験」、2割は「他者からのアドバイスや観察」、1割は「書籍や研修からの学び」であったというもの。
この経験学習モデルのうち、③内省については一人一人が自律的に行うものです。内省は、前号で紹介した「内面的自己認識※‐Opinion- Educare PLUS9号参照)」を高め、アウェアネスにつなげる行為となります。ここで役に立つのが、「質の良い自問自答」です。以下の例のような質問を自分に投げかけ、自身から答えを引き出すことで、内省を促します。気を付けたいのは、ネガティブな面に目を向けて「なぜ失敗してしまったのか」とは考えないことです。あくまで事実を客観視し、ポジティブな方向に繋げる質の良い質問を用意しておきましょう。
<質問例>
・この経験で得られたものはなんだろう?
・チームワークについて、どんな学びがあったか?
・仕事の段取りに関して、何か気付きはあったか?
・お客様との信頼関係はうまく築けていたか?
・今回の経験で、自分はどのように成長できただろうか?
現場においては、スタッフに内省を習慣化させる必要があります。業務の終わりにまとめとして行う、または内省の機会がある度に行うのも効果的です。まとめて行う方がやりやすい、忘れてしまうのでその時々で行いたいなど、自分に適した方法を見つけ、継続することが重要です。
「外面的自己認識※‐Opinion- Educare PLUS9号参照)」も意識することが重要です。経験学習モデルの③抽象化においては、②内省の内容を他者と共有することで、外面的自己認識を意識しながら抽象化を行います。自分の経験とそれに伴う内省を「具体」とし、他者の意見を取り入れながら「抽象」化することで、本質を導き出します。抽象化された具体は、様々な事案に適応させられるため、臨機応変な対応が求められる現場において、④の実践として役立つのです。また、抽象化されたものは汎用性があるため、経験した個人だけでなく、誰でも有効活用でき、チーム内の生産性も向上するでしょう。
また、自分の経験と内省について、他者からの視点も取り入れることで、「内面的自己認識」と「外面的自己認識」のバランスが取れ、より深い自己へのアウェアネスにもつながります。
現場においては、業務後にその日の内省について話すミーティングを行う、1on1でのフィードバックを行うなど、意識的にコミュニケーションの場を設けるとよいでしょう。その際に、成功とミスの文書化を行うと、その後スムーズに抽象化することができます。集合研修などの場で、グループワークや発表を行い、他者の価値観や考えに触れる機会を増やすとより効果が期待できるでしょう。
いかがでしたでしょうか。自己に対するアウェアネスは、リーダーシップを持つ自立した人材を育てる上で欠かせない要素です。人材一人ひとりを財産と捉え、現場の人手不足に負けないチームを作りましょう。
ネクスト・リーダーに不可欠な「視座を高くする思考法」とは?物事を俯瞰的に捉え本質を掴む「メタ思考」について考察し、新たな教育のカタチを探ります。
【著者略歴】
株式会社エデュカーレ 代表取締役 幡地嘉代
衆議院議員秘書、TV局アナウンサー、外資系企業管理職を経て、研修企画会社専属講師となり、独立。現在は、総合人材教育 株式会社エデュカーレ代表取締役として1,600社超(CSソリューション実績、講演・研修含む)、受講者数延べ33万人超えの実績を有する。
情熱溢れるコンサルタントして全国各地にファンを持つ。2012年には、「成果の後ろにリーダーありき」という考えのもと、人を育てる指導者の養成機関である「一般社団法人 人材教育インストラクター協会(略称:EDIA)」を設立し、代表理事に就任。EDIA主催公開講座の開催は30回を超え、企業で活躍する多くのリーダーを輩出している。
2024年2月発行